新規ウイルス感染動物モデルとしてのツパイ
小原 恭子(鹿児島大学共同獣医学部•越境性動物疾病制御研究センター 教授)
真田崇弘 • 山根大典(東京都医学総合研究所•感染制御プロジェクト 研究員)
小原道法(東京都医学総合研究所•感染制御プロジェクト プロジェクトリーダー)
ツパイは外見がリスに似た小型のほ乳類で(図1)、以前は霊長類に分類されていましたが、現在は独立したツパイ目(Scandentia)に分類されます(図2)。生息地はタイ、マレーシア、ジャワ、スマトラ、ボルネオ、中国(南部)など、東南アジアに広く分布します(図3)。ツパイは、キャプテン-クックの探検に同行していた船医のウィリアム-エリオットにより初めて報告され (1780年)、世の中に認められました。その後、比較生物学や解剖学による解析が進み、多くの報告が出されましたが、実験動物としてはまだ開発途上にあります。しかしながら、特にヒト以外ではチンパンジーにしか感染しないとされてきた、C型肝炎ウイルス(HCV)やB型肝炎ウイルス(HBV)にツパイが感染感受性を示すことが判明した事から注目され、チンパンジーに代わる動物モデルとして研究が進められています。
ツパイは昼行性で飼育は容易です。寿命は7-8年と言われ、妊娠期間は40日程度で、1回の出産で3-5匹の産仔が得られます(図1)。野生状態での授乳は、48時間に1回程度とされ、3-4週間ほどで開眼し、2ヶ月程度で親から離れて離乳します。年間4回ほど出産し、生涯産仔数は100匹程度と言われます。このように、高い繁殖力を持つため実験動物としても有用と考えられますが、哺育率は38%程度でマウスやラットよりも低く、この原因となる食殺や育児放棄を抑える事で、より有用性が高まると期待できます。さらに、クローン化や遺伝子改変動物の作出が可能となると、実験動物としての可能性が飛躍的に向上すると考えられます。 |
ツパイのうち、Tupaia belangeriを用いてHCV感染実験を行っています。HCV感染後3年以内に慢性肝炎、肝硬変から肝がんを発症する事を見いだして報告致しました(Amako et al., J. Virol. 2010)(図4)。また、HBVにも感染感受性があるとの報告があります。実際にツパイ肝臓細胞を免疫不全マウスに移植して、ツパイ肝臓を持ったキメラマウスを作成したところ、HBVが感染•複製できる事を見いだしております(Sanada et al., BBRC 2016)。HCVの感染レセプターであるCD81, SR-B1, CLDN1, OCLN分子やHBVの感染レセプターであるNTCP分子は、ツパイ由来のもので感染能を付与できることが示されています(Tong et al., J. Virol., 2011; Yan et al., eLife 2012) 。
また、E型肝炎ウイルスにも感染感受性があるとの報告があります(Yu et al., BMC Infect. Dis. 2016)。このように、ツパイはヒト型感染症モデルとしての実験動物として高い可能性を持ちますが、解析に必要な抗体やcDNA等のツールがないのが大きな障害となっていました。そこで、私達はツパイの全ゲノム解析及び、次世代シークエンサーによる網羅的RNAシークエンス解析を行って、130種以上の抗体やcDNAクローンの作製を行いました。これらを用いて自然免疫・獲得免疫応答の解析系を確立し、ウイルスの病原性解析を容易に行える感染動物モデルとしての開発に取り組んでいます。 |
ツパイは様々な特性を持ち、研究に利用されています。生態学上の特性としては昼行性である事に加え、社会性はサルに多い直線型で、野生の個体は縄張りを持ち、同性間では闘争が多いと言われます。聴覚は5種の音を聞き分け、視覚は9種の型と色を識別し、これらに関しては優れた学習能力を持つという報告があります。形態学上は、四肢の筋肉の構造や胎盤が、内皮絨毛型の複胎盤である事等の食虫目の特性と、四指の対向性、眼窩周囲の骨、門歯の形態、肺•気管支の形態、嗅脳と視野の関係等の霊長目との共通の特性を示すとされ、分類を難しくしています。
ツパイは、2匹の雄個体を1つのケージに入れると力の弱い個体が鬱になるという報告があります。低温ストレスによる鬱等のモデルにもなり、抗鬱薬の薬効の解析に使用する事ができます(Chi et al., Exp. Animal., 2016)。また、優れた視覚を持ち、視覚野におけるオン、オフの制御機構の解明にも役立っています(Lee et al., Nature 2016)。このようにツパイは、霊長目と食虫目双方の部分的特徴を持ち、かつ原始的なほ乳類からのミッシングリンクとも言えるユニークな特徴を有しています。ツパイは感染症研究のみならず、ヒトに近い特徴を持つ貴重な実験動物として、大きな可能性を持つと考えられ、今後の発展が期待されます。
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