バイオリソースニュースレター BioResource Now!
 2016
Vol.12 No.1
PDF download
 研究とバイオリソース <No.24>
日本の林木遺伝資源としてのスギ  
Read more >>>

 じょうほう通信: <No.101> PubMed Commonsの紹介  
Read more>>>

バイオリソース関連サイト
   (別窓で開きます)

 研究とバイオリソース <No.24>

日本の林木遺伝資源としてのスギ

渡辺 敦史 (九州大学大学院農学研究院 准教授)
 歴史的経緯の概略と現状

スギ(Cryptomeria japonica)は、日本固有の針葉樹であり、南は屋久島から北は青森まで幅広い環境に適応する樹種である。鎌倉時代にはすでに植林の記録が残るほど木材生産における利用価値は古来より評価されてきた。現在でも、日本における木材生産量の第一位を占め、その重要性が変化する事はない。

「木の文化」を有する日本では、戦国期・江戸期・明治等戦乱復興や繁栄に伴って、木材消費が急増する時期が歴史的記録として残っている。木材消費の急増は、大規模な森林伐採を招き、しばしば国土の荒廃を招く可能性がある。戦後日本でも、戦後復興による大規模な森林伐採が行われ、それに対して緑化を推進する「拡大造林政策」により大量のスギが植栽された。

同時期、樹木の育種「林木育種」が本格化した。林木育種は、天然林・人工林を問わず、優良個体を一旦選抜し、これら優良個体については、改めて試験地(検定林)を造成することによって、その優良性を評価する運びとなっている。検定林での評価は実に40年に及び、ようやく最近になって、優良個体同士の交配による次世代へと移行しつつある。

 スギ精英樹の遺伝資源としての評価
 

林木育種を実施する上で選抜された優良個体は第一世代精英樹と呼ばれ、現在までに約3,700系統が収集・保存されてきた(図1)。これら第一世代精英樹については樹高・肥大成長量、材質、雄花着花性などの特性評価が進められている。

歴史的経緯の中での喪失や拡大造林政策による人工林造成に伴い、スギ天然林と呼ばれる地域は現在では極わずかである。第一世代精英樹は、育種集団としての面だけではなく、拡大造林以前のスギの遺伝組成を反映する遺伝資源集団としての性格を併せ持つと考えられる。

第一世代精英樹を遺伝資源集団として捉えた上で、これまでに3つの観点から評価を行った(文献1)。一つ目は、選抜された精英樹がどの程度の距離間隔で選抜されてきたかの評価であり、二つ目は、様々な環境下における分布域をどの程度網羅したか、三つ目はSSRマーカーによる多様性評価となる。これらの観点から評価した結果、第一世代スギ精英樹は20kmに一本の割合で選抜され、これは日本全国の分布域の80%を占めており、現存する天然林とほぼ同程度の遺伝的多様性を有することが明らかとなった。

Fig.1
図1. スギ第一世代精英樹選抜地
1950年代後半から実施された精英樹選抜育種事業によって選抜された精英樹の選抜地を示す。精英樹は全国を網羅して選抜されており、これまでに3669系統が選抜された。
 
 分子データの蓄積とその活用

木材生産の主体は針葉樹類であり、世界的にはマツ科植物が育種および育種的観点の研究対象になることが多い。一般的に針葉樹類は、ゲノムサイズが巨大であり、ゲノム解読は困難と考えられてきたが、2013年にオウシュウトウヒ(Picea abies)が、2014年にはテーダマツ(Pinus taeda)のゲノムが解読され、針葉樹類でもようやくゲノム研究やゲノム情報を活用した育種が指向されつつある。

我々もまた、分子育種を指向するため、次世代シーケンサー等を活用して、スギの様々な器官(シュート・木部・雄花・根)からESTやSNPを収集してきた(未発表)。ESTについては収集した遺伝情報を器官特異性も含めて整理した結果、これまでに34,731 isotigに収束することを明らかにしている。さらに、約50万SNPを収集し、一割に相当する約5万SNPマーカーを開発した。これらのマーカーは、連鎖解析などに利用され、スギでも分子育種を行う基盤が整備されたと考えている。収集した遺伝子データは、マイクロアレイ分析にも供試され(図2)、木部形成や日長応答に関する遺伝子発現プロファイルとして公表されている(文献2、3)。器官特異的な遺伝子情報の整理や遺伝子発現プロファイルデータなどについては、分子育種への活用だけでなく、温暖化など気候変動に伴う環境変化や生育地での環境応答性など生物学的プロセス解明に利用される基盤データとしても位置づけており、今後はゲノム解析が進むマツ科との進化的研究にも利用されることを期待している(図3)。

  Fig.2
図2. 19,304 プローブが搭載されたマイクロアレイ分析結果
赤になるほど発現強度が高く、青になるほど発現強度は低い。この結果から、器官の形態に連続性が認められるスギにおいて、器官間で同一時期に異なる遺伝子発現をすることが分かる。
  Fig.3
図3. スギ(conifer II)とマツ科植物(conifer I)との遺伝子グループの比較
Markov Cluster Algorithm を用いて遺伝子グループを比較した結果。スギで取得した遺伝子データの特異性は高く、針葉樹研究の基盤情報としても活用できる。
 
 スギコレクションが目指すべき方向性

十分な材料とデータが蓄積されたスギ第一世代精英樹については針葉樹研究における1つの遺伝資源として国際的にも十分な価値があると考えられる。

一般的に針葉樹類は、交配可能になるまでの生育期間に10年程度必要であり、着花の豊凶も存在し、人工的な着花処理も難しい。さらに、さし木等によるクローン増殖も困難なことが多い。しかし、スギはジベレリン処理によって3年生程度でも容易に着花し、さし木によるクローン化も容易である。このため、針葉樹のモデル生物として位置づけることが可能な性質を有している。今後は、他生物種と対比させつつ、コレクションの重要性を広く認知させる必要がある。


  参考文献
1. Miyamoto et al. (2015) Construction of a core collection and evaluation of genetic resources for Cryptomeria japonica(Japanese cedar). Journal of Forest Reserch 20: 186-196
2. Mishima, K. et al. (2014) Transcriptome sequencing and profiling of expressed genes in cambial zone and differentiating xylem of Japanese cedar (Cryptomeria japonica). BMC Genomics 15: 219
3. Nose, M and A. Watanabe (2014) Clock genes and diurnal transcriptome dynamics in summer and winter in the gymnosperm Japanese cedar (Cryptomeria japonica D.Don). BMC plant biology14: 308



 じょうほう通信  <No.101>

PubMed Commonsの紹介



  PubMedのトップページ※1にアクセスした時に、PubMed Commonsというコンテンツが表示されることを知っているでしょうか(図1の赤枠)。または、PubMedに登録されている論文情報にコメントが付いていることをご存知でしょうか(図2の赤枠)。このコメントこそがPubMed Commonsの機能となります。今回はPubMed Commonsについてご紹介したいと思います。


  PubMed Commonsは、PubMedに登録されている出版物について著者と意見や情報を共有できる仕組みです。2013年10月にメンバーを限定した形で試験版がリリースされ、2013年12月には一般ユーザーも閲覧可能となりました。

  コメントは誰でも読むことが出来ます。もしコメントの付いた出版物のみ検索する場合、PubMedの検索ボックスに「has_user_comments [filter]」と入力して検索するだけです(図3)。赤枠にコメント数が表示されていることが分かります。また自分の出版物にコメントが付いているか調べることも、検索条件に自分の名前を含めることで可能となります(例えば、「Chimenko I [author] AND has_user_comments [filter]」)※2

  一方、コメントの投稿は誰でも出来るわけではなく、PubMedに登録された出版物の著者に限られます。PubMed Commons を有効にするためにはNIHで収集しているメールアドレスのリストと自分の持つメールアドレスを照合することで自分自身を招待したり、既にPubMed Commonsに登録済みのメンバーから招待を受けたりすることで、投稿できるようになります。自分自身で有効にできるかどうかは図4のページで確認することが出来ます。


  2015年12月のPubMed Commonsブログの記事※3によると、9,500名以上の著者がPubMed Commonsに参加し、3,300の出版物に対して4,000以上のコメントを投稿している状況です。コメント数はあまり伸びておらず頭打ちの傾向にありますが、有用なコメントが投稿されているとのことです。またコメントのついている出版物の内、約半数は臨床またはヘルスケア関連となっています。

  自分自身に関する出版物にコメントを投稿する著者は約20パーセントであり、これらの内3分の1は、他者からの質問や議論に対して返信されたものだということです。運営者側は、コメントの付いた出版物の著者に通知するサービスを開始することで、著者のコメントの割合は増えたが、いまだ回答率は10%を下回ったままであり、引き続き著者のレスポンスを促進する方法に取り組んでいるようです。

  PubMedは1996年1月の最初のリリースから数えると20周年となり、昨年1年間に27億回以上の検索が行われる巨大な文献検索サイトです。そのことを念頭に置くと、PubMed Commonsの活用のスピードはゆっくりとしたものですが、PubMed Commonsサイトへの訪問数は、2014年の上半期の120万人から2015年の上半期には230万人と倍増しており、コメントに対する関心が高まっているとのことです。

  ぜひPubMed Commonsを上手く使いながら、目的の文献の検索および情報収集、情報の発信・議論を行ってみてはいかがでしょうか。

(木村 学)
 
fig. 1
図1. PubMedのトップページ

fig. 2
図2. PubMedにおいてコメントが付けられた掲載論文

fig. 3
図3. コメントの付いた出版物の検索結果

fig. 4
図4. PubMed Commonsのサインインおよび認証
※1 PubMed
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed
※2 PubMed Commons: Frequently asked questions
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedcommons/faq/
※3 PubMed Commons Blog: Commenting on PubMed: A Successful Pilot
http://pubmedcommonsblog.ncbi.nlm.nih.gov/2015/12/17/commenting-on-pubmed-a-successful-pilot/