農業生物資源研究所 農業生物資源ジーンバンクの紹介
土門 英司 (国立研究開発法人 農業生物資源研究所
遺伝資源センター 遺伝資源国際連携室長)
一万年近い農業の歴史を通じて、人類は農業生産や食品加工のために植物、動物、微生物の多様な遺伝資源(食料農業遺伝資源)を利用してきました。食料農業遺伝資源は現在も農業を通じた人類の生存の礎であるばかりでなく、将来にわたる繁栄を支える重要な資源です。その共通認識の下、先進国ばかりでなく途上国に於いても食料農業遺伝資源を保存・提供するためのジーンバンクが国際協力を通じて徐々に整備されてきています。
農業生物資源研究所農業生物資源ジーンバンクは、日本を代表する食料農業遺伝資源のジーンバンクとして、農業に関わる植物、動物、微生物等の遺伝資源の探索・収集、特性評価、保存とともに育種を含めた研究開発と教育目的での遺伝資源の利用促進のため、それらの遺伝資源とパスポート情報や特性情報等の提供を行っています(図1、2)。
農業生物資源ジーンバンクの総合的なジーンバンク・プロジェクトとしての活動は今年で30周年を迎え、そのルーツは1985年にスタートした「農林水産省ジーンバンク事業」まで遡ることができます。 |
農業生物資源ジーンバンクは、農業生物資源研究所をセンターバンクとして、植物部門、動物部門、微生物部門、DNA部門の四部門から構成されており、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構等の農業関係研究機関をサブバンクとする、全国的な連携体制を構築してジーンバンク事業を展開しています。
海外の伝統的な作物品種は、日本の作物にはない病害虫抵抗性やストレス耐性など有用な遺伝的特性を与える遺伝子の供給源であると同時に、それ自体が原産地の文化の一部でもあります。
しかし、発展途上国に於いても換金作物への作付け転換や農業技術の向上に伴う近代的な品種の普及、気候変動による海面上昇や砂漠化あるいは自然災害などによって自給的農業を支えてきた伝統的な作物品種が失われつつあります。
農業生物資源ジーンバンクでは、発展途上国の農業研究機関との二国間共同研究を通じて失われつつある伝統的な作物の共同探索と生育域外保存(ex-situ conservation)に取り組むと同時に、収集した植物遺伝資源の共同特性評価を行い、作物育種を含めた研究開発と教育目的での利用のために、それらの遺伝資源と情報を国内外の研究者に広く提供しています。植物遺伝資源のコレクションは約22万点を保有しており、毎年約8,000点の提供を行っています。
また、農業生物資源ジーンバンクには独立行政法人国際協力機構(JICA)と共同で植物遺伝資源集団研修を約20年間実施してきた実績があり、発展途上国における植物遺伝資源の保存と利活用に関わる人材育成の面に於いても一定の役割を果たして来ました。
動物遺伝資源については、日本各地で作り出され継承されてきたニワトリやカイコなど農業の近代化の中で忘れられつつある貴重な遺伝資源の保存・提供と保存法の開発を行っています。動物遺伝資源のコレクションは約1,900点を保有しており、毎年約50点の提供を行っています。
微生物遺伝資源については、動植物の病害の原因微生物や発酵食品に利用される微生物を中心に、それらの特性調査と分類・同定を行っています。また、国内外で単離された植物病原性微生物株の寄託も受け入れております。微生物遺伝資源のコレクションは約3万点を保有しており、毎年約1,000点の提供を行っています。
また、農業生物資源研究所が単離したイネ、ブタ、カイコなどの完全長cDNAクローンや、YAC、PACおよびBACクローンなどを中心に約46万点のDNAクローンを保存しており、毎年300点程度の提供を行っています。
これらの遺伝資源についての情報をインターネットを通じて公開しており、各種情報の検索・閲覧だけで無く、利用者の皆様からの配布申込も受け付けています。
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遺伝資源へのアクセスと利益配分に関わる国際条約への対応状況 |
遺伝資源の国際取引には、生物多様性条約(1993年発効)、ボン・ガイドライン(2002年採択)、ABS名古屋議定書(2014年発効)さらに食料・農業植物遺伝資源条約(ITPGR、2004年発効)など様々な国際条約等が関係しています。
農業生物資源ジーンバンクは、遺伝資源の国際取引にあたって相手国の条約への加入状況や国内法の整備状況を調査し、基本的にはITPGRやボン・ガイドラインに従った対応をしてきておりますので、研究開発と教育のために提供する植物、動物、微生物遺伝資源については、これらの条約に関わる権利関係は既に整理されているものと考えられます。
現在日本は、生物多様性条約ABS名古屋議定書の批准に向けて関係各省庁が国内措置の整備に向けて調整を行っている段階にあります。国内措置が今後どのようかたちで実施されるか未だ不透明な段階ではありますが、農業生物資源ジーンバンクは今後日本がABS名古屋議定書に加入した後も滞りなく遺伝資源の収集と提供を継続できる様、情報収集とABS関連条約等を遵守した業務の遂行に努めて参ります。
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農業生物資源ジーンバンクは国内外での遺伝資源の探索収集、特性評価、保存、遺伝資源と関連情報の提供に一貫して取り組んできました。ガス・電気・水道と言った社会インフラが文化的な生活に欠かせないように、あるいは他のバイオリソースの保存・提供事業がそれぞれの学術研究の分野における研究基盤である様に、農業生物資源ジーンバンクは国内外の農業分野の試験研究の重要な研究基盤です。設備面では本年3月には新たに40万アクセションの種子を-18度で長期保存できる遺伝資源保管施設が稼働を開始し、ジーンバンクとしての機能も一層強化されております(図3)。
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図3. 遺伝資源保管施設外観 |
近年は次世代シーケンサー等分子生物学的な研究ツールの充実に伴い、農業生物資源のゲノム解析も大きく進展しており、それらの研究成果の活用を通じてジーンバンクの保存する遺伝資源の分類・同定、多様性研究や育種分野への応用を積極的に推進できる時代になってきました。農業生物資源ジーンバンクも従来から進めてきた国際的な遺伝資源の探索収集をさらに積極的に展開して遺伝資源の拡充を図るとともに、新しい研究ツール利用したex situ の遺伝資源の評価を進め既存の遺伝資源をより価値の高いものにすることを目指して活動して参ります。 |