名古屋議定書に関する現状報告 - COP12/COP-MOP1とEUの動向
鈴木 睦昭 (国立遺伝学研究所 知的財産室 室長)
名古屋議定書は、海外遺伝資源に関する入手の機会と利益配分に関して、国際的な法的拘束力を確立する目的で、2010年の生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)にて採択された。その後、批准国が発効基準の50ヵ国を越え、2014年10月12日に発効された。
名古屋議定書により、利用国では海外遺伝資源の提供国の法律・規制に従って、事前同意(PIC)の取得、相互合意(MAT)の設定が成されている事の監視を行うチェックポイントの設置が義務づけられている。
本稿では、2014年10月に韓国 平昌にて開催された生物多様性条約第12回締約国会議(COP12)および名古屋議定書第1回締約国会議 (COP-MOP1)の報告、さらにEU規制についての情報をお伝えし、名古屋議定書に関わる現状と今後の課題について述べる。
|
COP12において、35の決定が成されたが、多くの学術関係者にとって関係がある項目として合成生物学の議論がされ、途上国が合成生物学により生産されるプロダクトによる自国の経済的打撃を懸念し、国際的枠組みの必要性を主張した。決定においては、国際的な協力の重要性を示す文言が記載され、今後、専門家委員会が結成され議論が行われることとなった。今後、動向を注視していきたい。
COP-MOP1では、すでに3回の政府間会合で多くの議論がなされていたために、円滑な進行であった。また、日本を含む非締約国の意見は締約国の支持が必要であった。議論は、発効後の具体的な検討体制に関するものが多数であった。議定書の遵守促進の手続きや、能力開発強化支援および議定書実施のための資源動員などが話し合われ、今後の検討方法が決定された。さらに、契約モデル条項、行動規範、ベストプラクティスなどは4年後に審査が行われることになり、審査項目に地域社会でのプロトコールも対象となることとなった。しかし多数国間の資金援助の仕組みは、検討先送りの状況である。
また、ABSクリアリングハウス(情報交換センター)が議定書発効に伴い正式運用を開始した(https://absch.cbd.int)。このサイトからは、各国の法律・規制、窓口などが一覧でき、今後本サイトにて国際遵守証明書の情報も管理・公開される。
|
|
写真1:COP12/COP-MOP1会場
画面に移るのは、COP-MOP1議長のHem Pande (インド)
写真2:COP12のWelcome イベント (韓国の民族舞踊、後ろにスキーのジャンプ台、平昌は次回冬季オリンピックの会場) |
|
すでにEUにおいては、EU委員会、EU理事会、さらにEU議会での議論が行われ、2013年3月に規制法案が可決され、2013年5月に名古屋議定書に批准した。現在、実施法令 (Implementing act) の検討がなされている。また、罰則は各国案にて今後決定される。可決されたEU規制(511/2014)は以下の特徴を持つ。
|
1)デューデリジェンス(相当の注意義務)
デューデリジェンスとは、聞き慣れない言葉であるが、利用者が当然果たしている相当の注意義務の意味で、ここでは提供国の法令に従い、PIC/MATの取得等、利用者による注意・確認が行われていることを示す。
研究資金の受給者は相当な注意を行う旨を申告する必要がある。
遵守の製品の最終段階には、EU委員会への義務を果たした旨と、国際遵守証明等の届け出を義務化している。しかしながら、相当な注意を行う旨の申告の具体的な方法に関しては、実施法令で決定されるために現状不明であるが、申告方法の内容によっては、研究現場への影響は大きい。 |
|
写真3:名古屋議定書締約国を示す黄色い旗 |
|
2)コレクション登録簿
EU連合域内に登録コレクション制度を設置、登録簿に登録されたコレクションから遺伝資源を獲得する利用者は、すべての必要な情報の収集に関して注意義務を行ったとみなされる。コレクション利用者の便宜が図られるとともに、全体の事務作業量の軽減にも寄与するはずである。表1にコレクション登録簿の条件を記載した。
各コレクションは、a) 標準的な手続きの適用、b)該当する遺伝資源のPIC/MATの存在、c)記録の保存、d)第三者提供に当たり固有の識別記、e)追跡と監視ツールの整備が必要となる。
EU内の利用者が遺伝資源を利用する場合には、まず、その遺伝資源がEUコレクション登録のものか、または国際遵守証明があるか、両者に該当しない場合、利用者はPIC/MATなどの情報の入手・保管が必要となる。
登録簿掲載のため、下記の能力があることを証明しなければいけない。
(EU規制511/2014 第5条三項より)
|
(a) |
他のコレクションとの間で行う遺伝資源の試料及び関連情報の交換に対し,並びに第三者による条約及び名古屋議定書に則った利用に向けた遺伝資源の試料及び関連情報の第三者への提供に対し,標準的な手続を適用すること |
(b) |
遺伝資源及び関連情報が,適用のある取得の機会及び利益配分の法令又は規制要件並びに関連する場合には相互に合意する条件に従って取得されたことを証明する文書を伴う場合にのみ,当該遺伝資源及び関連情報を,第三者にその利用のために提供すること |
(c) |
第三者による利用に向けて第三者に提供されたすべての遺伝資源の試料及び関連情報の記録を保持すること |
(d) |
可能な場合には,第三者に提供される遺伝資源の試料について,固有の識別記号を設定し又は使用すること,及び |
(e) |
遺伝資源の試料及び関連情報を他のコレクションと交換する際に,適当な追跡及び監視ツールを利用すること
|
和訳はJICA訳
(https://www.jetro.go.jp/world/europe/ip/pdf/20140319_appendix.pdf)を使用
|
表1: EU コレクション登録簿 |
3)ベストプラクティス(最良事例)
各研究者コミュニティーから、最良事例をEU委員会に登録ができる。利用者はこのベストプラクティスに準じて行っているか、申告等必要となることが予想される。
米国が生物多様性条約の非締約国である以上、EUの動向は日本を含む利用国に大きな影響を持つ。今後、明らかになる実施法令の内容に着目すべきである。
|
現状、日本国における国内措置決定や名古屋議定書への批准の時期は見えてこないが、急速に決定する懸念もある。名古屋議定書は、利用国にとって、適正な遺伝資源を監視するシステムである。利用者にとって、提供国の法律・規制を守り、遺伝資源を適切に入手することは当然のことであり監視の有無に関わらず、遵守する義務は変わらない。
また、すでに1993年に生物多様性条約が発効し、日本も批准していることや、今後、提供国の法律・規制の整備がなされるとともに、提供国における権利意識が強まる可能性もある。
これらの事を考えると、日本が名古屋議定書に批准する・しないに関わらず、既に各機関において、海外からの遺伝資源の入手時の適切な対応する体制を構築することが必要な状況である。
さらに、EU のコレクション登録簿などの動きをみると、今後、海外遺伝資源に関してバイオリソース機関の重要性が高まるとともに、国際的に海外遺伝資源を適法に取得している証明の必要性が高まる可能性が考えられる。今後の関連動向には、注意が必要である。
|