メダカの多様性から性決定遺伝子の進化を探る
竹花 佑介 (基礎生物学研究所 バイオリソース研究室 助教)
メダカの仲間はアジア固有の小魚で、約30種が東南アジアを中心にインドから日本まで広く分布している。これらメダカ近縁種のうち、ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)メダカでは約半数に当たる13種20系統を保存している。私たちはこれまで、これら近縁種リソースを利用した研究から、メダカ属の性染色体に著しい多様性が存在することを明らかにしてきた。今回、インド東部からマレー半島にかけて広く分布する「インドメダカ」の性決定遺伝子を同定することで、性染色体の多様化機構の一端を解明することができたので、その内容についてご紹介したい。 |
脊椎動物のオス・メスは多くの場合、性染色体によって決定されている。例えば哺乳類の場合、XXをもつとメス、XYをもつとオスになる。このオスに特異的なY染色体には性を決定するSry遺伝子が存在し、この1つの遺伝子の働きによってオスへの分化が開始される。しかし、Sryは哺乳類以外の脊椎動物には存在せず、どの染色体が性染色体として働くかは分類群によって異なる。特に魚類の性決定様式は多様であるが、なかでもメダカ属の性染色体には著しい多様性が存在する。脊椎動物で2例目となる性決定遺伝子Dmyがメダカで同定されたが、Dmyは2種のメダカにしか存在せず、しかも他の近縁種はそれぞれ異なる性染色体をもつことが明らかになったのである(図1)。
このことは、比較的短い期間に性染色体や性決定遺伝子の交代が、何度も生じてきたことを示唆している。そこで私たちは、この性決定機構の交代を分子レベルで解明することを目指し、Dmyをもたないインドメダカについて、性決定遺伝子の探索に着手した。 |
図1. メダカ属魚類の系統関係と性決定機構
メダカ属の性染色体は種ごとに異なり、メダカで発見されたDmyはハイナンメダカ以外の近縁種には存在しない。 |
これまでの研究から、インドメダカの性決定様式はXY型であり、その性染色体はメダカの常染色体(10番染色体)と相同であることが明らかになっていた。そこで私たちは、ポジショナルクローニングによって本種の性決定遺伝子を同定するため、まず性決定遺伝子座周辺の詳細な連鎖地図を作製した。さらに、インドメダカのBACゲノムライブラリーを利用して、性決定遺伝子座周辺の物理地図を作製し、この領域の全塩基配列を決定した。これによって性決定領域(SD領域)をX染色体上で140kb、Y染色体上で310kbの範囲に絞り込むことができた(図2)。
ただ、この領域はトランスポゾンを始めとした反復配列で埋め尽くされており、この中にタンパク質をコードする既知の遺伝子は発見できなかった。しかし、このSD領域に隣接した領域にSox3遺伝子の存在が明らかになった。遺伝子導入実験によってSox3とSD領域を含むY染色体の配列の一部を導入すると、XX個体がオスに性転換することが判明し、また、ゲノム編集技術を用いてY染色体上のSox3をノックアウトすると、 XY個体がメスに性転換することが明らかになった。これらの実験から、Sox3がインドメダカの性決定遺伝子であり、SD領域内にはSox3の発現調節領域(エンハンサー)が存在することが示された。つまり、このエンハンサーの獲得によって新たなY染色体が生じたことが示唆されたのである。 |
図2. インドメダカのXY性染色体とSD領域
性決定に関わるSD領域は染色体上で14万塩基対、Y染色体上で31万塩基対あり、その近傍にSox3遺伝子が存在する。Sox3はX染色体(Sox3x)にもY染色体(Sox3y)にもあるが、両者のアミノ酸配列には違いがない。 |
Sox3は哺乳類の性決定遺伝子Sryと高い相同性をもつ遺伝子で、転写因子をコードする。両者はもともと同じ遺伝子座を共有する、対立遺伝子の関係にあったと考えられてきたが、Sryの起源が非常に古いため、過去の対立遺伝子関係はこれまで不明であった。しかも、哺乳類以外の脊椎動物では、これまでSox3と性決定との関係は報告されていなかった。本研究により、実際にSox3対立遺伝子間の機能分化によって、新たな性決定遺伝子が生じうることを直接証明することができただけでなく、同じSox3遺伝子がメダカ属と哺乳類で独立に性決定遺伝子として進化してきたことを示すことができた。
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インドメダカのSox3以外に、メダカ属ではこれまでに2つのオス決定遺伝子が同定されている。ひとつはメダカのY染色体上に存在するDmy遺伝子、もうひとつはルソンメダカY染色体上のGsdf遺伝子である(図3)。
Dmyは2種のメダカにのみ存在する遺伝子であるが、Gsdfは多くの魚類において精巣で発現することが知られており、メダカではDmyの下流遺伝子と考えられている。今回、インドメダカでもGsdfは生殖巣で高発現し、その発現はY染色体上のSox3発現に依存することが明らかになった。このことから、Gsdfより下流の性決定カスケードは種間で保存されており、Gsdfそのものの変異、あるいはGsdfの転写制御因子(Sox3やDmy )の獲得によって、新たな性決定遺伝子が生じてきたことが明らかになった。 |
図3. メダカ属における性決定遺伝子の多様化
メダカ属の3種,インドメダカ,メダカ,ルソンメダカはそれぞれ異なるオス決定遺伝子(Sox3y,Dmy,Gsdfy)をもつが、XY個体におけるGsdf の高発現は共通している。インドメダカではSox3yが下流のGsdf 発現を制御することによって新たな性決定の仕組みが生じたと考えられる。 |
インドメダカの性決定遺伝子が明らかになったことで、性決定遺伝子の多様化機構や、下流遺伝子の保存性が見えてきた。しかし、Gsdfが性決定における共通のマスター遺伝子なのか、XY型とZW型の間の交代はどのように生じたのかなど、まだ多く謎が残されている。今後、他のメダカ属魚類から新たな知見を得ることで、性決定機構における多様性と普遍性の全体像を明らかにしたいと考えている。
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参考文献 |
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Takehana et al., Co-option of Sox3 as the male-determining factor on the Y chromosome in the fish Oryzias dancena. Nature Communications 5:4157 (2014)
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