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  May 2013
Vol.9 No.5
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 リソースセンター紹介 <No. 46>
バイオリソースとしてのゾウリムシの特徴
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Bacillus subtilis

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 リソースセンター紹介 <No. 46>

バイオリソースとしてのゾウリムシの特徴

藤島政博 (山口大学大学院 理工学研究科 環境共生系学域 教授 )

「細胞は電気的に興奮する(Kamata, 1934)」、「細胞には性がある(Sonneborn, 1937)」、「細胞には寿命がある(Sonneborn, 1953)」、「細胞核での逸脱性コドンの存在 (Preer et al., 1985)」等の生物学史上の重要な現象は、ゾウリムシで最初に発見されました。現在では、細胞内共生、繊毛運動、核分化、接合型物質、老化、発生過程でのゲノムの再編、逸脱コドン∗1サーカディアンリズム∗2、感染防御、浸透圧調節、環境適応、食細胞活動、メカノリセプター∗3、光リセプター、イオンチャネル∗4、重力の影響、走性、学習、水の浄化、環境汚染指標等の研究に使用されています。
しかし、高校の教科書での周知度は高いにも関わらず、生きたゾウリムシを見たことがある人は少なく、これを使用する研究者数も、同じ繊毛虫のテトラヒメナよりはるかに少数です。その主な原因は、株の保存と提供を安定して行う仕組みがなかったことによります。この問題は、第三期ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)にゾウリムシが採択され、株の詳細情報を統一書式で管理し、ユーザーの目的にあった株の提供が可能になったことによって解消されました。また、実用的な凍結保存技術が開発されていないために、株の長期保存の困難も研究者数の増加を阻む原因でしたが、この問題も改善されつつあります。

ゾウリムシの系統保存は、我が国では第二次世界大戦の頃から始まり、故樋渡宏一氏(東北大学名誉教授)の著書「性の源をさぐるーゾウリムシの世界(岩波新書345)」に当時の様子が書かれています。この系統保存は当時の文部省からの支援を受けて、東北大学で一時期に実施されていましたが、その制度が無くなると同時に多くの株が老化で絶滅し、2012年6月の第三期NBRP採択時の山口大学の保存株数は、最盛期の10分の1ぐらいでした。その後、国内外に分散していた保存株が山口大学に寄託されました。その結果、突然変異株や後で説明するParamecium caudatum (和名、ゾウリムシ)の syngen(遺伝的に隔離されたグループ )とその相補的接合型が揃い、NBRPゾウリムシの保存株の内容は、我が国が世界に誇れるバイオリソースとなりました。

ゾウリムシ(Paramecium)属には記載種が45種存在しますが、現在でも野外から採集可能な種は27種で、他は絶滅したか、または限られた環境で密かに生存していると思われます。27種の中には絶滅したと思われていたのに再発見された2種 (P. dubosqui、P.chlorelligerum)と、最近、藤島等が採集した新種P.schewiakoffi が含まれています。山口大学では24種を維持し、この数は同一機関で維持されている種数では、ATCC∗5や CCAP∗6よりも多く、世界最大です。山口大学では建物を異にする2カ所で株を維持し、重要な株は他大学の複数のユーザーが維持するバックアップ体制をとっています。また、ドレスデン工科大学(ドイツ)、シュトゥットガルト大学(ドイツ)、ポーランド科学アカデミー(クラコウ)、サンクトペテルブルグ州立大学(ロシア)と株提供の協力関係を維持しています。

ゾウリムシ属の多くの種は、syngen を持ち、各 syngen には相補的接合型細胞が存在します。これを、適切な条件で混合すると、細胞口側の繊毛膜に露出して存在する接合型物質間で接着が起こり、細胞の凝集塊が形成され、やがて接合対の形成が誘導されます。相補的接合型細胞間の性的識別による細胞凝集は交配反応(mating reaction)と呼ばれ、同一 syngen 内の接合型物質どうしの接着によって起こりますが、異なる syngen 間の接合型細胞では、どのような組み合わせで混合しても交配反応は誘導されません。
一方、接合対の形成は、接合型や syngen に非特異的に起こります。たとえば、P. caudatum の syngen 1の相補的接合型のO型とE型を混合すると交配反応が誘導され、25°Cで約45分後に、3種の接合対 (O-O、O-E、E-E)が形成されます。生体染色や繊毛運動の遺伝的マーカーをつけた相補的接合型細胞を混合すると、これら3種の接合対を識別して回収し、それらの子孫を得ることができます。また、複数の syngen の各相補的接合型細胞を混合して交配反応を誘導し、接合対が形成される直前にこれらの接合型細胞を混合すると、syngen 間の接合対も形成され、子孫もとれます。このように syngen は、交配反応の有無でだけ遺伝的に隔離されたグループで、種の分化の過渡的段階と考えられています。今後、接合型物質が精製されるか、その遺伝子がクローニング∗7されれば、syngen の分化の仕組みが解明されると思われます。さらに、ゾウリムシは淡水棲のため、海によって地理的隔離が行われるので、大陸の分化に関連した syngen の分化の解明も期待されます。

ゾウリムシの相補的接合型細胞や syngen の違いは形態では識別できず、交配反応の有無でのみ識別されます。したがって、syngen とその相補的接合型の標準株の保存がきわめて重要です。 P. caudatumでは、かつて16の syngen が報告されていましたが、米国の研究者がこれらを絶やす事故が起こり、東北大学で維持していた4種の syngen(1、3、12、13)だけが標準株として残りました。その後、1980〜1985年にかけて、藤島等が国内で採集を行い、東北大学の4種のsyngenとは異なる新たな4種の syngen の相補的接合型細胞を採集しました。新たに採集された4種のsyngenが米国で失われた syngen の一部なのか、または新しい syngen なのかは調べる術がありません。そこでこれらは syngen の再整理を兼ねて失われた syngen の番号が付され、syngen  2、4、5、6とされました。これら8種の syngen は世界の標準株として山口大学で保存されています。 Fig.1
図:細胞内共生生物を持つゾウリムシ
左:大核特異的共生細菌Holospora obtusaを持つParamecium caudatum
右:細胞質にChlorella variabilisを共生させたP. bursaria

ゾウリムシは接合後の細胞分裂回数に依存して老化します。しかし、実用可能な凍結保存法が未開発であるため、その長期保存は試験管培養を低温(10°C)で維持してゆっくり分裂させ、1ヶ月毎に培養液を添加することで行われています。この方法で数年間は株を保存できますが、子孫を得ない限り細胞分裂回数による老化は避けられません。実験に使用する際は、10°Cで保存した株の一部を20〜25°Cで培養して使い、老化したら、10°Cから若い株を出して使うことを繰り返すことで、一定の老化度の同じ株を長期間の実験に使用しています。寿命は種によって異なりますが、P. caudatum の場合は、1日に約3回分裂し、接合後の細胞分裂回数が約700回(約半年)でクローン死します。大核のゲノムの解読が終了した P. tetraurelia の寿命は約400回分裂です。細胞質に共生クロレラを持つ P. bursaria の寿命は長く、その分裂回数は明らかにされていません。ゾウリムシは細胞分裂回数に依存してヒトと同様に老化が進行しますので、老化の研究のいい材料であるとともに、実験に用いる際には、どの程度の老化状態の細胞を材料として使用しているかを把握していることが実験結果の再現性に必要とされます。
NBRPゾウリムシでは、接合後の老化の程度(試験管培養の植継回数)が分かっている株を研究者に提供します。

当事業では、ユーザーの依頼に応じて、ゾウリムシの培養方法と実験方法についてのアドバイスも行っています。また、ゾウリムシとその細胞内共生生物に対する、様々なモノクローナル抗体∗8産生ハイブリドーマも維持していますので、抗体も提供できるようにすべく準備中です。NBRPゾウリムシの運営委員会は毎年10月に山口大学で開催され、委員長の児玉有紀 准教授(島根大学)のもとで、実施機関の5名、ユーザー代表者8名で行い、実施機関が事業の活動を報告し、ユーザー代表者が活動の評価と改善の要望を提案して協議をしています。


   ∗1: 多くの生物種に共通する普遍的なコドンに対して、それとは異なるコドンのこと。
(コドン:アミノ酸を決める塩基3個の組み合わせ)
   ∗2: 概日リズム。約24時間周期で変動する生理現象で、動物、植物、菌類、藻類など、ほとんどの生物に存在している。生物に備わる昼と夜を作り出す1日のリズムのこと。
   ∗3: 機械刺激(物理的な力、あるいは力による変形)をうけ、それを電気的信号に変換し、中枢神経に伝える受容器の総称である。触覚・聴覚・重力覚・平衡覚・圧覚・張力覚・振動覚などの受容器が該当する。
   ∗4: 細胞の生体膜(細胞膜や内膜など)にある膜貫通タンパク質の一種で、受動的にイオンを透過させるタンパク質の総称である。
   ∗5: American Type Culture Collection
   ∗6: Culture and Collection of Algae and Protozoa
   ∗7: クローン(同じ遺伝子型をもつ生物の集団)を作製すること。これから転じて分子生物学的文脈においては、ある特定の遺伝子を増やす、つまり遺伝子を単離することを意味する
   ∗8: 単一の抗体産生細胞に由来するクローンから得られた抗体(免疫グロブリン)分子。

  参考文献
  Fujishima M., Kodama Y. Endosymbionts in Paramecium. European Journal of Protistology, 48, 124–137, 2012. 
  Kodama Y., Fujishima M. Chapter 2. Secondary symbiosis between Paramecium and Chlorella cells. In, "International Review of Cell and Molecular Biology", (Ed) Jeon K. W., Vol. 279, pp. 33–77, Elsevier Inc. San Diego, Burlington, London, Amsterdam: Academic Press, 2010
  Fujishima, M. Chapter 8. Infection and maintenance of Holospora species in Paramecium caudatum. In, "Endosymbionts in Paramecium". Microbiology Monographs vol. 12, (Ed) Fujishima M., Springer Dordrecht Heidelberg London New York, pp. 201–225. 2009, 

 今月のデータベース

枯草菌の総合データベース  「 Bacillus subtilis 」

Bacillus
・系統数:  2,908
・遺伝子:  4,423     (2013年5月現在)
   
DB名: National BioResource Project 「Bacillus subtilis」
URL: http://www.shigen.nig.ac.jp/bsub/
言 語: 日本語  英語
オリジナルのコンテンツ:
   ・ 研究用枯草菌リソース(野生株、遺伝子破壊株、染色体広域欠損株)情報
 ・ 遺伝子情報
 ・ GenomeViewer、BLAST、SequenceCutterなど各種ツール
特 徴: 様々な遺伝子の破壊株をwebページ上から注文することができます。
非常にシンプルで見やすいつくりとなっています。
連携DB: BSORF
DB構築グループ: NBRP枯草菌、NBRP情報
運用機関:  国立遺伝学研究所 生物遺伝資源センター
DB公開開始年:  2008年      DB最終更新年:2013年

現役開発者のコメント: 枯草菌データベースはNBRPデータベース内では比較的新しい部類に入ります。これまでは、一遺伝子あるいは少数遺伝子の破壊株の取り扱いのみでしたが、染色体広域欠失株なども分譲可能となりました。また、遺伝子情報ページも追加しましたので、系統と遺伝子の関連情報を取得しやすくなったと思います。現在は染色体広域欠損株のゲノムマップの公開準備を進めております。今後も系統と遺伝子の関連情報を充実させ、より利用しやすいデータベースとしていきますので、ぜひご利用ください。ご意見・ご要望についても遠慮なくお送りください。