NBRP「ニワトリ・ウズラ」の紹介
木下圭司(研究員)
・松田洋一(センター長)
名古屋大学大学院 生命農学研究科附属 鳥類バイオサイエンス研究センター
ニワトリ(Gallus gallus domesticus)は、紀元前6000年頃に中国南部において、原種とされる赤色野鶏(Gallus gallus)から家禽化されたといわれている。現存する家鶏がその子孫にあたるかどうかは不明であるが、現在、世界中で数百種類にも及ぶ品種が確立されている。その用途は、卵・肉の生産はもとより、宗教的利用、闘鶏、愛玩用など多様である。
現在でも4種の原種または近縁野生種がアジアに生息しており、当センターでは、その主たる野生原種とされる赤色野鶏のうち、スマトラ島産の亜種(Gallus gallus gallus)の閉鎖系を保有している(図1)。
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図1:赤色野鶏(スマトラ産亜種)
成鶏♂(左).成鶏♀(右). |
この系統はニワトリのコントロール系統としての活用が期待されているが、性格が臆病で繁殖性が低いためその効率的な増殖法の確立が急務である。このほか、NBRP「ニワトリ・ウズラ」では、遺伝的均質度の高い高度近交系や長期閉鎖系を含む20のニワトリ系統を提供している(各系統の詳細はHPを参照)。また、これらの系統の多くは欧米品種に由来する鶏種であることから、遺伝的背景の異なる特殊な突然変異形質を有する日本鶏や外国産の愛玩用品種を新たに導入し、その活用に向けた系統化にも取り組んでいる(図2)。また、維持系統において偶出する新奇の突然変異体の単離、系統化も同様に進めている(図3)。 |
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図2:日本鶏ならびに外国鶏の愛玩用品種に由来する新規系統
矮性ならびに短脚形質を持つ矮鶏♂(左).羽毛形態の突然変異を持つ矮鶏♀(中央).頭部の毛冠、脳ヘルニア等を持つポーリッシュバンタム♂(右). |
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図3:系統の育成過程で偶出した新奇の突然変異体
高度近交系統(GSP)に偶出した不完全アルビノ変異(左).矮鶏交雑系統から単離した白斑ならびに眼球形成異常を持つ新奇突然変異(右).
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一方、ウズラは、室町時代に武士によって鳴き声を楽しむための愛玩用として日本で家禽化されたといわれている。江戸時代から明治の終わり頃にかけて全国的に飼養されるようになり、現在、愛知県の豊橋地域を中心に、卵生産を目的として全国で約600万羽が飼養されている。
ウズラは、ニワトリと同じキジ科に属し、体重は♂で100-120グラム、♀で120-150グラム前後と小型で、孵化後50日前後で性成熟に達し、年間3‒4世代の交代が可能であることや、多産で抗病性にも優れていることから、生命科学分野における鳥類モデル動物、ならびにニワトリのパイロット動物として利用されている。
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現在、遺伝的均質度の高い標準系統、卵殻色・羽装突然変異系統、疾患モデル(糖原病、筋ジストロフィー等)など、11の長期閉鎖系統がNBRPリソースとして維持されている(図4)(詳細は HPを参照)。
さらに、当センターでは、独自に開発したマイクロサテライトマーカーを用いて遺伝モニタリングを実施してその情報を公開しており、今後ウズラバイオリソースの一層の活用が期待されている。 |
図4:ウズラ長期閉鎖系統
WE系統♂(左).AMRP系統♂(中央).卵殻色変異(右)[正常型(左)、白色卵殻型(右)].
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突然変異系統の育成ならびにその遺伝的特性評価の取り組み |
ニワトリではこれまでに少なくとも190もの突然変異形質が報告されている。NBRP「ニワトリ・ウズラ」では、これらの突然変異形質を持つ日本鶏や外国鶏を基礎とした新規系統の育成を開始しており、その遺伝育種学的な解析の一環として、それらの突然変異形質の遺伝様式や原因遺伝子の同定を行っている。これらの解析には、遺伝的均質度の高い高度近交系統を交配相手に用いることで、遺伝的背景の違いから生じる表現型のバラつきを軽減することができ、多型遺伝子マーカーを用いた遺伝解析を効率よくかつ迅速に行うことができる。
その一例として、烏骨鶏の過剰メラニン産生形質(Fm)と日本鶏で見つかった新奇の劣性白色羽装突然変異(mow)を紹介する。
前者は、皮膚、内臓、骨膜などの組織に過剰なメラニン沈着を引き起こす突然変異形質(Fibromelanosis: Fm)で、文字通りカラス(烏)のような黒い色をした皮膚や骨を持つ特徴から烏骨鶏と呼ばれ、薬膳料理の食材として珍重されている(図5)。 また、後者は、ニワトリにおいてすでに知られている2つの白色羽装突然変異(優性白色:I, 劣性白色:c)とは異なる新規のもので、全身がほぼ白色羽装で、後頭部・肩・腰などの背側部のごくわずかな部分に色素沈着した羽毛を生じる。今のところ、この変異は長尾を持つ日本鶏品種のみに観察されている(図6)。 |
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図5:烏骨鶏におけるファイブロメラノーシス(Fm)
閉鎖系SIL系統♂(左).高度近交系との交雑によって分離したファイブロメラノーシス(右)[野生型個体(左)と変異型個体(右)].
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図6:日本鶏に発見された新奇の劣性白色羽装突然変異(mow)
ミノヒキ鶏の白色変異個体♂. |
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そこで、これらの変異形質の原因遺伝子を同定するために、前述した高度近交系統との交配によってリファレンス家系を育成し、遺伝子マーカーを利用した連鎖解析を行った。その結果、Fm が20番染色体上のマーカーと連鎖することが確認され、詳細な遺伝子解析の結果、エンドセリン3遺伝子(EDN3)を含むゲノム領域で重複が検出された(Shinomiya et al. 2013)。また、同様に mow は4番染色体上のマーカーとの連鎖が確認され、詳細な解析の結果、エンドセリン受容体B2遺伝子(EDNRB2)のコーディング領域のアミノ酸置換を伴う1塩基置換が原因であった(Kinoshita et al. 2013)。さらに、両形質は異なる遺伝子に支配されているが、互いにリガンド-レセプターの関係にある遺伝子の変異に起因する形質であることから、両変異体間での交配実験を行ったところ、優性形質である Fm の表現型が、mow によって抑制されることがわかってきた。このように、メラニン産生異常を示す突然変異体を利用することによって、鳥類のメラニン産生経路における EDN3 と EDNRB2 の機能と役割、ならびに両者の相互関係について新たな知見が得られた。
今後、まだ原因遺伝子が同定されていない多くのニワトリ・ウズラの突然変異体の遺伝解析を進めることによって、さまざまな生命現象における鳥類独自の遺伝子機能について多くの知見が得られるであろう。また、鳥類と哺乳類は、羊膜類の共通祖先から分岐して3.1億年の進化的な背景を有することから、この長い進化時間において鳥類が独自に獲得もしくは失った形質など、哺乳類や他の動物種とは異なる鳥類特有の生物学的機能や形態形成の分子メカニズムの解明のために、ニワトリ・ウズラバイオリソースが果たす役割は非常に大きい。 |
NBRP「ニワトリ・ウズラ」では、今後も国内に散在する多様な遺伝的特性を持つニワトリ・ウズラリソースの収集・保存を継続するとともに、新たな系統の育成と厳密な遺伝的統御にもとづくリソースの高品質化を実現し、質、量ともに世界最高水準のニワトリ・ウズラリソースを研究者コミュニティに提供することによって、我が国のライフサイエンス研究の発展に貢献することを目指している。 |
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参考文献 |
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Shinomiya A, Kayashima Y, Kinoshita K, Mizutani M, Namikawa T, Matsuda Y, Akiyama T. Gene duplication of endothelin 3 is closely correlated with the hyperpigmentation of the internal organs (Fibromelanosis) in Silky chickens. Genetics 190:627‒638, 2012. |
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Kinoshita K, Akiyama T, Mizutani M, Shinomiya A, Ishikawa A, Younis HH, Tsudzuki M, Namikawa T, Matsuda Y. Endothelin receptor B2 (EDNRB2) is responsible for the tyrosinase-independent recessive white (mow) and mottled (mo) plumage phenotypes in chicken. PLoS ONE (in press). |