「雑草」と「雑草型」の意味について
三浦 励一 (京都大学農学研究科 雑草学分野 講師)
多くの栽培植物には、雑草型があるといわれる。雑草イネ、雑草オオムギ、雑草スイカ、雑草ヒマワリというように。「雑草」は学術用語なのだろうか? 野生とは違うのだろうか? ここでは、栽培植物近縁種を念頭において、雑草(型)という語がどのような意味で使われているのかを紹介してみたい。 |
学術用語としての「雑草」(weed)は、田畑にはびこって農業に害をおよぼす植物をさすところからはじまった。この意味では、明治時代には「害草」と「雑草」という用語がほとんど同様に使われていたが、やがて「雑草」のほうに統一されていったようである。一方、植物生態学では、人の生活圏に生育する植物群をどう位置づけるかという別の観点があった。農耕地だけでなく、路傍や空地に生える植物種には、人為の影響の及ばないところには生育しないものが多い。雑草はたくましいとよくいわれるが、じつは人間がかまってやるときにだけ強さを発揮する内弁慶なのだ。そこでたとえば、「たえず外的な干渉や生存地の破壊が加えられていないとその生活が成立・存続できないような特殊な一群」(笠原安夫)のような定義がなされ、そのような植物群に共通した生態学的特性をさぐる研究が進められた。「雑草」について農学的定義と生態学的定義が並立しているのは欧米でも同様である。
では、栽培植物の同種や近縁種について「雑草型」というときはどういうものをさしているのか。まず、雑草型は広い意味での野生型形質をもち、人に播かれることなく、自ら種子(あるいは栄養繁殖体)をばらまき、個体群を維持していく。穀類の場合はわかりやすい判別形質があって、種子が熟したときに離層ができて脱落する「脱粒性」をもつものが野生型(場合によっては雑草型)、これをもたないものが栽培型である。
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しかし、「雑草型」という言葉を用いる研究者は、それを「野生型」ともまた区別しながら使っていることが多い。そこでは、雑草の生態学的なほうの定義が意識されている。「野生型」は人為的攪乱に依存せずに世代を繰り返している集団をさすのに対し、「雑草型」は耕地内や人里近辺の攪乱環境に適応し、人為的攪乱がとだえれば消滅してしまうような集団をさす。例えば、アジアイネの野生祖先種Oryza rufipogon の典型的なものは、河辺などの湿地に生えるほふく性の植物であるが、雑草イネ(weedy rice)といっているのは、水田内に生える脱粒性のイネのことで、植物体は直立し、脱粒性をもつ点以外は栽培イネによく似ている。インドやアフリカの農村を歩くと、畑の中や生け垣に長さ4 cm程度の実をつける野生のメロンが生えているのをよく見かけるが、これも生育環境からは雑草型と位置づけることができる。 |

写真:雑草メロン(左)と雑草モスビーン(右)。インドのグジャラート州で。
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農耕地の中や周辺に生える栽培植物の雑草型の由来については、(1)その作物が栽培化された頃からずっと作物の近辺につきまとっている、(2)栽培型の突然変異や品種間の交雑・組み換えに由来する、(3)栽培型と野生型の最近の交雑に由来する、などの可能性が考えられる。従来はこれらに対して、みな雑草型(weedy)の語をあてていたが、Gressel(2005)は(2)と(3)に対して、動物の例にならってferalという用語を用いることを提案し、これがしだいに受け入れられてきている。なお、作物そのものの種子が、たまたま目的外の場所にこぼれて発芽したものは、feralではなくvolunteerという。たとえば、近年、北海道で問題化している「ノライモ」はvolunteer potatoである。
念のためにつけ加えておくと、英語のweedyが栽培植物などの雑草型という意味で使われる頻度は高くない。Weedyのもっとふつうの意味は、畑などが雑草だらけということである。管理が悪くて雑草だらけになってしまったコムギ畑をweedy wheatなどということもあるのでご用心を。
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