米国のMTAの行方
鈴木 睦昭 (国立遺伝学研究所 知的財産室 室長)
生物遺伝資源や研究成果有体物などのマテリアル配布時にはマテリアルトランスファーアグリーメント(MTA)が必要である。非営利間のMTAは、交渉に時間をかけるべきではないが、いまだ、理想的な状況には達していない。今回、AUTM (米国大学技術移転者協会) 2012年次大会(アナハイム)、MTA分科会に筆者が講演パネリストとして参加した。本稿では米国のMTAの最新事情として本MTA分科会について報告する。
1. MTAをやめる?統一? MTA-WGの活動 |
本MTA分科会モデレーターStephen Harsy (Wisconsin大学)により、MTAの現状、MTAワーキンググループ(MTA-WG)が紹介された。
米国科学アカデミーは、報告書2010の 第8項で、将来的に科学的なマテリアルについて、技術移転機関は
(1) 非営利間での、非毒性、ヒトサンプルではなく、in vitro使用のマテリアルにおいては、MTAをやめるべきである。
(2) 非営利間ではNIHが勧める UBMTA(生物統一MTA)またはSLA(簡易同意書)のみを使用する。
の二点を推奨している。 |
さらに、AUTMが行ったMTAサーベイ2011の結果から、UBMTA/SLAの使用頻度はそれほど高くなく、UBMTAを使用しない理由としては、
1) それぞれの大学がUBMTAに似たひな形を使用。
2) 守秘義務、発表前の論文レビューなど項目が必要なため。
3) UBMTAは理解しにくい条項がある。
4) 署名者がない。
などであった。これらの課題に対応するために、昨年、Stephen Harsy らはMTAワーキンググループ(MTA-WG)を立ち上げた。
MTA-WGのゴールは、UBMTAやSLAの使用しない理由を明確にし、普及のための推奨案、ガイダンスを作成する。また、「NO-MTA∗」活動に関してのレビューを行うことと設定した。 ----------------------------- |
会場の様子(Mariott Anahaim Hotel) |
2. マテリアル移転:ガイドライン作成のための原則
MTA-WG メンバーの一人のWendy Streize (University of California) からMTAの考え方の基礎概念として、ガイドライン作成のための原則 (Guiding Principle) の作成が説明された。これは論文などで公表された、非毒性、人への使用はしない前提での、アカデミア間のマテリアル移転の14項目の原則から構成される。
たとえば、受領者は第三者にマテリアルの移転はできないが、マテリアル使用で作成した新規物質は、論文の再現の非営利の研究目的には使用できるようにするべきであり、また、提供者は受領者の発明に関して権利を主張すべきでない。提供者は論文に関してのレビュー、論文の別刷りを求めるべきでない、などの項目がある。
3. UBMTAの改良
次にMTA-WGメンバーの一人のMichael R. Mowatt (国立アレルギー感染症研究所, NIAID) がUBMTA の改良について説明した。MTA WG は普及促進のために、UBMTA の改良を提案した。UBMTA の実行書への研究目的の記載を可能にして、輸出規制等の記述を追加した。また、化学物質、ヒトサンプル、iPS細胞などのマテリアルの種類に特定したUBMTAを作成した。
この改良UBMTAは前述の原則とともにAUTMのMTA分科会のホームページ (www.autm.net/Proposed_MTAs.htm) で現在公表、意見を求めている。また、電子署名などが含まれるNIHでのMTA管理システム、TAD (Transfer agreement Dashboard) の紹介があった。
4. マテリアル移転の国際的な障害を低くするために
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最後に筆者が国際的なマテリアル移転の円滑化について話をした。今回、前述のAUTM MTAサーベイを日本の12大学に対して行った。
回答された日本と米国の大学を比較すると、MTAは、米国は技術移転の部署で取り扱うが、日本では技術移転部門と学部事務の両者で行われていた。また興味深かった結果は、日米のMTA条項に関する許容性の違いである。論文前のレビュー、研究者の署名の必要性、他国の法律、に関するMTA条項に関しては、日本が米国に比べ許容性が高く、一方、提供者への無償のライセンス使用の許可、特許出願検討のための公表延期、5年以上の秘密情報の取り扱いの条項については、日本が米国に比べ容認できない傾向が示された。さらに豊橋技術科学大学と行ったサーベイ結果より、日本のMTAの国際体制の不十分さを指摘した。
結論として、マテリアル移転の国際的な障害を低くするためには、各国のMTA体制の違いの理解、MTA共通認識とひな形の国際標準化が必要であると提唱した。 |
AUTM (米国大学協議者協会)2012年次大会でのMTA分科会セッション
筆者(右)とWisconsin大学 Steve Harsey (左) |
まとめ:今後の対応と生物遺伝資源配布としての立場
今回のStephen Harsyらの活動は、永らく混沌としているMTAの状況を変えていくものである。非営利機関同士のマテリアル移転は、できるだけ効率的に行われるべきで、今回のGuiding PrincipleやUBMTAの改良提案により、マテリアルの移転がより円滑になることを期待したい。今後、大学間におけるMTAは、ある程度MTAの省略が可能となり、同時に統一形式が、今以上に普及するよう願う。一方、各大学特有のMTAがなくなるには、長い道のりが必要である。
また、米国最大の細胞バンクであるATCCは、UBMTAには改変物の分譲などの項目があるため、品質の担保などを理由に、配布機関としての目的と合致しないと考え、ATCCの独自のMTAの必要性を提唱している。当然、NO-MTAも導入は考えていないであろう。
今後、生物遺伝資源配布に関しても、MTAの議論は出てくるかもしれないが、生物遺伝資源配布においては、NO-MTAや統一形式の採用というよりも、WebベースでのMTAシステムや、より簡易的なMTAシステムの導入を行い、MTAの迅速化、簡易化の方向に向かうと予測する。 |