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  February 2011
Vol.7 No.2
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 ホット情報 〈No.35〉
日本のムギ類のルーツを求めて Ⅱ
~タジキスタン山岳部での麦類野外調査 ~

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 COP 10 〈全3回連載〉
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 ホット情報 〈No.35〉

日本のムギ類のルーツを求めて Ⅱ
~タジキスタン山岳部での麦類野外調査 ~

佐藤 和広
岡山大学 資源植物科学研究所 大麦・野生植物資源研究センター 教授

ムギ類は中東において、約1万年前に祖先型の野生植物から起源したとされている。私たちは、起源地から日本までのルートに、自生あるいは栽培されているムギ類を野外調査している。岡山大学を中心とするムギ類の調査研究グループは、カスピ海西側のコーカサス地方から調査を始め、ウズベキスタンを経て、この度はヒマラヤ山地の西端の辺境タジキスタンを訪れた。このような中央アジア地域での調査は、シルクロードに沿ったムギ類の伝播を意識する必要がある。今回のタジキスタン山岳部の調査においては、これまで訪問した中央アジア中部以西の地域には、認められなかった、東アジアのムギ類の特徴を示す個体を、初めて確認したことが強く印象に残った。

タジキスタンはヒマラヤ山脈の西端に位置し、南にアフガニスタン、西にウズベキスタン、北にキルギスタン、東は中国に接する山国である。タジキスタンは民族および文化の面から、アフガニスタンおよびイランの影響を強く受けているが、ソビエト時代は中央アジア最南端の領土であった。また、1990年代の内戦の影響で、中央アジアでも最も貧しい国とされている。国土の50%以上は3,000mを超える山岳地帯で、国土の南半分はパミール高原と呼ばれ、民族的、文化的にも他の地域とは異なっている。比較的大規模な農耕が可能な地域は、北部のフェルガナ盆地周辺の低地と、南部のアムダリヤ川支流周辺である。

  map photo3
川を隔てた国境から望むアフガニスタンの農地

この地域は、中近東を起源とするムギ類の野生種が分布する地域としては東端に位置しており、さらに、中国やヒマラヤ山地周辺の栽培ムギ類の多様性の分布域の西端にあたることからも、ムギ類の多様性を研究する者にとっては憧れの地域である。

日本から2名、ロシアバビロフ研究所から2名、国内の研究者2名、および運転手からなる調査隊は、日本の3分の1強の国土の南部、パミール高原を中心に、車で8月10日~8月23日の14日間、収集活動を行った。収集地点は、標高818mから3,417mの57カ所であった。約118サンプルのオオムギおよびコムギの栽培種および近縁植物を収集した。


  photo1
パミール地域のオオムギ
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コムギの穂の形態
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パミール地域の典型的な農家とオオムギ圃場

野生種の分布は少なく、おもに在来種の収集を試みたが、アガ・ハーンとよばれるイスラム教のリーダーが率いるイスマーイール派が、農産種子を配布する事業を行っており、穀物種子、特にコムギの種子の移動はかなり頻繁に行われている。比較的条件の良いコムギの圃場では、この事業による改良品種が多く栽培されていた。一方で、条件の悪い山岳地域では、在来的なコムギ品種が栽培されていた。これらのコムギの中には、穂や芒の形態が中国に分布するコムギと類似しており、葉舌のない珍しい変異が在来種として栽培されていた。一方、オオムギはほとんどが六条であり、中央アジア地域の収集において初めて裸性が認められ、ヒマラヤ周辺の特徴を強く示した。裸性には、ロシアの研究者が緑色と表現する着色した粒と通常の粒があるものの、チベットおよびネパール地域に特徴的な芒の形態、穂の形態および着色の多様な変異は認められなかった。この原因を現地の農業技術者に尋ねたところ、1950年代にソビエトが、在来種から優良な系統を選抜して配付した2系統が、これらの2種類のオオムギの由来である可能性が高いとみられた。従って、残念ながら栽培オオムギの多様性は、既に大部分が失われた可能性が高い。

アフガニスタン南部に向かう河川沿いの道路は、アフガニスタンと国境を接しており、見上げるような岩壁を持つ山々に囲まれていた。治安で不安を感じることはほとんどなく、地元の人々は皆親切にもてなしてくれた。ただし、農業技術のレベルはかなり低く、現地における農業教育の必要性を強く感じた。

  photo6
(左)農家でもらったオオムギ, (右)コムギの種子

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パミールの女性家族


 COP 10 〈全3回連載〉

生物多様性条約と遺伝資源をめぐる状況
「最終回  名古屋議定書の周辺状況」

国立遺伝学研究所 知的財産室室長  鈴木睦昭

今回は、諸外国の生物多様性条約への対応の動きを紹介するとともに、生物多様性条約と関係の深い、食料農業植物遺伝資源国際条約(ITPGRFA)について述べる。


各国の動き

現在、遺伝資源のアクセスと利益配分に関係した国内法は、インド、フィリピンなど 加盟国の1割程度しか制定されていないが、各国において生物多様性条約への対応が進められている。

中国においては、すでに、特許出願時の遺伝資源の出所の記載表示を義務とし、中国内での遺伝資源の特許出願についてモニターができるようになっている。また、保護を目的とし、国内の遺伝資源と伝統的知識を一括管理するデーターベースの作成を計画している。さらに遺伝資源の関連法案を起草中であり、 外国人の遺伝資源へのアクセスについては、中央政府に届け出を行う義務があり、利益配分は申請者と権限ある当局間での契約を行うことが決められている。法案作成のグループは、日本でも使用されている漢方薬なども対象とした、利益の一部を集める専用ファンドの作成を希望している。これに対して日本の漢方関係者は、漢方薬は日本が育てたものであると主張している。
 

スイスでは、スイス科学アカデミーが啓蒙活動や非商用利用の手引きの作成や、契約書ひな形の作成を行っている。そのなかで、アカデミアの研究では、金銭的な利益配分は困難であり、共同研究、研究成果の情報の共有、教育などの非金銭的な利益とすべきであると主張している。

一方、米国は条約非加盟国であるが、公的機関・大学、民間団体において、対応には熱心である。NIH*1 では対応ガイドラインを用意している。また、iBOL*2 は、生物種の同定方法にDNA鑑定の一つ「barcode of Life」を生物多様性条約の保全に応用するべく活動を行っている。

*1 :National Institutes of Health
  *2 :International Barcode of Life


食料農業植物遺伝資源国際条約について

生物多様性条約とは別に、遺伝資源に関連する条約として、FAO(国際連合食糧農業機関)により、食料農業植物遺伝資源国際条約(以下、ITPGRFA 条約) が発効されている。日本は、本条約にはこれから批准する方向で動いている。 ITPGRFA 条約ではイネ、小麦、リンゴ、ジャガイモなどを含む35作物、29属牧草類に関して特定の農作物が対象植物であり、中国やメキシコの反対により、大豆やトマトは含まれていない。移転の際は、標準試料移転同意書 SMTA を用いることが義務付けられ、その中で、成果物を商業使用するときは、売上から 30% 引いた額の 1.1% を FAO に支払うと規定されている。このシステムは、具体的な多国間の利益配分のメカニズムとしても注目されている。これには 、食料、農業や育種のための研究の目的にのみ利用し、化学的利用、医薬的利用、そのほかの非食料および非飼料に関する産業上の利用は含まれない。今回の名古屋議定書では、ITPGRFA 条約などで取り扱われるものは、除外対象と取り決められた。今後、該当する遺伝資源について、生物多様性条約との使い分けについての議論が必要となろう。

以上、3回にわたり、生物多様性条約と遺伝資源をめぐる状況について、説明した。遺伝資源の円滑な流通と活用の為に、今後も生物多様性条約関連に関しては注目していきたい。

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関連リンク
● スイス科学アカデミー:http://www.biodiversity.ch/index.en.php
● ITPGRPFA:http://www.planttreaty.org/
● 国際DNAバーコード:http://www.ibol.org

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スイス科学アカデミー 生物多様性条約 利益配分に関する契約のモデル条項が記載されているパンフレット