マウスにおける超過剰排卵誘起法の開発
中潟 直己 (教授 熊本大学生命資源研究⋅支援センター
動物資源開発研究部門(CARD)⋅資源開発分野)
私たちは、2012-2013の2年間、NBRP基盤技術整備プログラムに採択され(課題名:マウス体外受精に関する基盤整備技術の開発)、凍結保存した精子、また、冷蔵輸送された精子、あるいは低受精能新鮮精子を用いた体外受精システムに関する技術開発に取り組みました。その結果、凍結精子、冷蔵精子および低受精能新鮮精子と新鮮および凍結未受精卵のすべての組み合わせで、極めて高い受精率が得られる体外受精系を確立しました。しかし、最後に、解決しなければならない大きな課題がありました。それは、雌マウスから大量の成熟卵子を得ることでした。
これまでの過剰排卵誘起法では、1匹の雌から平均20個程度の排卵卵子しか得られなかったからです。精子は1匹の雄から数百万匹採取することができますが、1匹の雌からの排卵卵子数が20個であれば、雌雄1匹を用いた体外受精では最大で20個の受精卵しか得られません。しかし、もし、1匹の雌が100個の卵子を排卵すれば、100個の受精卵を作出することができる可能性があります。
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マウスにおける従来の過剰排卵誘起法は、妊馬血清性腺刺激ホルモン(PMSG:卵胞刺激ホルモン(FSH様ホルモン))を投与することで、多数の卵胞を発育させるものですが、発育卵胞中から放出されるインヒビンにより、FSHの分泌が抑制され、排卵数が制限されるため、1匹の雌マウスから得られる排卵数は、多くても30個が限度でした。
そこで、抗インヒビン抗体を用いて、雌の体内のインヒビンを中和し、同時にPMSGを投与することで多数の卵胞を発育させ、その相乗効果で1匹から100個以上(従来法の3~4倍)の卵子を排卵させることに成功しました(超過剰排卵誘起法)(図1)。また、それら卵子の受精能および産子への発生能も正常であることを確認しています(図2、3)(文献)。 |
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図1. 超過剰排卵誘起法 |
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図2. 1匹の雌マウスから排卵された卵子を体外受精して得られた2細胞期胚 |
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図3. 1匹の雌マウスの卵子から得られた 2細胞期胚を仮親の卵管に移植して生まれた産子 |
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本法の利用効果としては、
(1)使用動物数の軽減
卵子採取に用いる雌の数を1/3~1/4以下に減らすことが可能です。実験動物の使用匹数の削減は、実験動物の愛護・福祉の重要な柱の一つです。ライフサイエンス研究という観点からのみならず、実験動物の愛護・福祉に対する社会的配慮と言う観点からも極めて意義深いもので、国際的に高い評価を得る様々な研究の推進に寄与することができます。
(2)遺伝子改変マウスの作製・収集・保存・提供の効率化
少数の雌マウスから大量の卵子を排卵させることで、体外受精や胚移植が容易になります。よって、遺伝子改変マウスの収集・保存・提供の効率化を図ることが可能となります。
(3)他の動物種への応用 超過剰排卵誘起法が未だ確立されていないラット、ハムスター、モルモットなどへの応用の可能性が極めて高く、その利用範囲がさらに広がるものと思われます。
熊本大学生命資源研究・支援センター 動物資源開発研究施設(CARD)では、これまでに様々な生殖工学技術の開発・改良を行い、マウスバンクシステムの効率化を図って参りました。当センターのバンクシステムには、以下の2つがあります。
一方は、マウスの寄託を受け、保存された系統について情報を公開し、第三者へ広く供給する「寄託・供給システム」で、マウスのCARDへの輸送や凍結保存経費など、寄託に関する一切の経費は無料であり、WEB公開・供給に関しては共同研究に限る、研究目的により制限する、樹立者の承諾を得る、一定期間 は分与不可とする等の条件をつけて寄託することも可能です。 供給に関しては、有料(実費)で、WEBで公開された情報を閲覧した供給依頼者が、寄託者と承諾書の取り交わし、CARDへ個体または胚 /精子の供給申し込みを行うシステムとなっています。
他方は、有償にてマウス胚/精子の凍結保存サービスを行う「プライベイトバンクシステム」で、 保存したマウスを第三者へ分与しない、そのマウスの情報を公開しないという条件で実施しています。また、依頼者本人にのみ、凍結した胚や精子から個体を作製、供給するサービスも行っています。
前者は現在までに約2000系統以上の寄託、供給件数は700件を超えており、国内のみならず、海外からの供給依頼も増加しています。
後者は2006年度から開始していますが、これまでに約900系統の胚/精子を凍結保存、その中から700件以上の個体作製依頼を受けており、着実にその成果を上げています。
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今後、開発した超過剰排卵誘起法を様々な形で上記マウスバンクシステムに応用することで、更なる効率化を図っていきたいと考えています。より多くの皆さまのご利用をお待ちしております。なお、本技術を含めた生殖工学技術は、オンラインマニュアル※でも公開しています。
私たちは、体外受精、胚・精子の凍結保存、胚移植などの生殖工学に関する技術研修をこれまでに国内外合わせて50回、実施してきました。来年6月には、パリのパスツール研究所での開催が予定されており、生殖工学技術の国際標準化に向けた取り組みも、積極的に行っています。
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文献 |
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Takeo et al. Superovulation Using the Combined Administration of Inhibin Antiserum and Equine Chorionic Gonadotropin Increases the Number of Ovulated Oocytes in C57BL/6 Female Mice. PLoS One 2015;10(5):e0128330. |