世界でオンリーワンの両生類研究・リソースセンター
住田正幸(教授)・柏木昭彦(特任教授)・鈴木厚(准教授)
広島大学大学院理学研究科 附属両生類研究施設
両生類研究施設は、実験動物として様々な利点を有する両生類を研究材料として、生命科学上の重要な問題を解明するため、1967年に創設されました。日本で、両生類を名前に冠した専門の研究・教育機関は他に例を見ません。現在、研究施設の長年に亘る研究実績を踏まえて、以下の4つの事業を展開しています。 |
1.ナショナル・バイオリソース・プロジェクト(NBRP)の中核機関 |
文部科学省の第3期NBRP中核機関の一つとして、ネッタイツメガエルの標準系統の樹立、近交系の開発および研究者への提供を行っています。現在、ネッタイツメガエル6系統 成体4千匹、幼生6千匹を繁殖保存しており、近交系も10世代まで維持しています(図1、図2)。
これらを、日本国内のみならず、世界の研究者へ供給出来る体制を整えています。アフリカ原産のネッタイツメガエルは、2倍体で短期間に成熟し、一度に数千個の卵を産み、両生類で唯一全ゲノムが解読されています。本種の正式な属名については未解決のままで、以前はツメガエル属(Xenopus)の一種とされていましたが、形態計測の結果、別系統とみなしてネッタイツメガエル属(Silurana)を設けることが提案されました。一方、rDNA塩基配列からは、ネッタイツメガエルはツメガエル属のカエルと近縁であることがわかっています。したがって、本種の学名を Xenopus (Silurana) tropicalis と表記する研究者が多くなっています。 |
図1.リラックス状態のネッタイツメガエル
図2.ネッタイツメガエルのオタマジャクシと子ガエルの飼育室
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ネッタイツメガエルはポストゲノム時代におけるモデル動物として注目され、①順・逆遺伝学の複合課題、②生体のもつ分子情報の網羅的解析、③化学物質による内分泌かく乱作用機構の解明、などの研究に好材料といわれています。
また当施設では、ネッタイツメガエルをリソースとして活用するユーザーの利便性を向上させ、研究活動をサポートするため、以下の4つの取り組みを行なっています。第一は、非生体リソースの提供です。遺伝学的に優れた特性を持つネッタイツメガエルを利用するためには、遺伝子材料の整備が不可欠です。特に、発現パターン解析等の品質チェックを行ない、付加価値を高めた利用しやすい遺伝子材料を取り揃えて、必要なユーザーに配布しています(図3)。
第二に、オープンラボを新設して、実験技術講習会を開催しています。全国の大学・研究所からの多数の研究者が、オープンラボに整備された機器を利用して、ネッタイツメガエルの飼育・胚操作等の実験技術を習得しています(図4)。第三に、国際連携による情報交換です。米国のウッズホールと英国のポーツマスにあるツメガエルリソースセンターと連携し、国際的なツメガエルリソースセンターネットワークを構築しています。第四は、Webフォーラムの新設です。重要な情報を随時掲載して、ユーザーへ迅速に提供しています。これらの取り組みによって、世界のツメガエルの研究拠点形成を目指しています。 |
図3. 非生体リソースとして配布しているマーカー遺伝子の品質チェックの例。(ホールマウント in situ ハイブリダイゼーション法で遺伝子の発現パターンが青紫色に染色されている。)
図4.オープンラボを利用した実験技術講習会の様子
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2. 先駆的両生類研究プロジェクト「両生類絶滅危惧種の保全と標的遺伝子破壊方法の開発」を展開 |
このプロジェクトは「生命科学の基盤研究の発展」に寄与し、「両生類研究・リソースセンター」の構築を目指した事業で、①「国内外の両生類絶滅危惧種の効率的な保全方法の確立と遺伝的多様性の把握」、②「両生類実験動物の標的遺伝子破壊方法の開発」の先駆的研究を、戦略的に実施しています。これまでに、絶滅危惧種かつ天然記念物である両生類5種について、マイクロサテライトマーカーを用いて野外での遺伝的多様性を解明しつつ、飼育下繁殖に成功しています。特に、日本で最も美しいといわれるイシカワガエルについては、飼育下で2代目も誕生しています。これらの繁殖個体を用いて、遺伝的多様性と適応度との関係も研究しています。これらの研究を発展させ、将来的には、両生類「ノアの方舟」を目指しています。
また、遺伝子破壊技術によって、ネッタイツメガエルの突然変異系統の作製を試みています。現在、黒い色素を作る遺伝子を破壊し、白黒まだら模様のカエルができていて、これらを交配することで、実験上有用な、白いカエル(アルビノ)が誕生しています(図5)。 |
図5.遺伝子破壊法によるアルビノネッタイツメガエルの作出 |
3.系統維持班では多種多様な両生類を研究リソースとして保存維持 |
系統維持事業として、現在約80種、200系統、総数3万匹以上の野外系統、突然変異系統、遺伝子改変系統などを保存維持しています。これまでに確立された系統には、自然・人為的色彩突然変異系統、野外種育成系統(近交系)、遺伝子導入系統および遺伝子破壊系統などがあります。特に、陸上性のカエルを安定して飼育繁殖できる施設は世界的にも珍しく、この特徴を活かした研究の成果が注目されています。最近では、透明ガエル「スケルピョン」の作出、日本一きれいな「イシカワガエル」や生きた化石「イボイモリ」の飼育下繁殖成功、新種「アマミイシカワガエル」や「サドガエル」の記載などが注目されています(図6)。
これらのカエルの餌として、東南アジア原産のフタボシコオロギを育てています。生体のカエル以外にも、日本や世界各地から40年近くかけて収集した、9科27属112種320集団1万2千匹余りが凍結保存され、遺伝子解析などに用いられています。また、新種記載の基準標本などの固定標本1万2千件も保存されています。これらの標本情報はデーターベース化(DB-Hi-FROG)され、ウェブで公開されています。 |
A:スケルピョン, B:アマミイシカワガエル, C:サドガエル, D:イボイモリ
図6. 研究施設で作出または系統維持されている両生類 |
4.広島大学総合博物館のサテライト館として一般公開 |
昨年から、広島大学博物館のサテライト館として活動を始めました。現在、1階玄関ロビーを一般公開し、最新研究トピックや両生類標本などを展示しています。特に、学術的に貴重な新種の基準標本、特別天然記念物で世界最大の両生類オオサンショウウオの標本、これまでに収集・作出された、人為単性発生カエル、核細胞質雑種、複二倍体、癌系統、海外野生種の標本が展示されています。学内外から施設見学者も多く、最近では貴賓として、秋篠宮殿下、下村脩博士、益川敏英博士をお迎えしています。 |