●理研BRC細胞バンクで提供している試料
1) ヒト細胞株
2) 動物細胞株
3) ヒト臍帯血
4) ヒト間葉系幹細胞
5) ヒトB細胞:Epstein-Barr Virus (EBV) で形質転換した細胞 |
●はじめに
理化学研究所バイオリソースセンター(理研 BRC )細胞材料開発室は、生命科学研究分野の発展を促進することを目的として,ヒトおよび動物由来の細胞材料の収集・検査・標準化・保存・品質管理・提供等の細胞バンク業務を遂行している( http://www.brc.riken.jp/lab/cell/ )。 1986 年の事業開始以来、細胞材料のバンク業務のみならず、新しい細胞材料やその付随情報等に関する開発研究、それらの利用技術の普及等にも努めてきた。また,近年ではヒト由来の正常細胞(幹細胞、プライマリー細胞等)に関してもバンク業務を拡張し、発生学・移植医学・再生医学等の分野の研究に資することを目指している。最近の開発業務としては、従来の開発業務に加えて、胚性幹細胞株・高次機能維持細胞株・ヒト由来栄養細胞などの取得・樹立・維持培養・保存等に関わる技術開発にも取り組んでいる。なお、当開発室は、平成 14 年度より文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクト「細胞(動物培養細胞、がん細胞等)」部門の、また、平成 15 年度からは「ヒト細胞」部門の中核的拠点機関としても選定され、我が国の細胞材料整備における重要な役割を果たしている。
理研 BRC には、細胞部門以外に「動物」「植物」「遺伝子」「微生物」「情報」等の部門があり
( http://www.brc.riken.jp/ )、基礎研究から応用研究にわたる生命科学研究全般の基盤となることを目的として、「信頼性」「継続性」「先導性」をモットーにリソース開発・整備事業を展開している。我々の事業が、日本における知的基盤整備に大いに貢献できるよう、日々努力を傾注している。
【1】 培養細胞株
1986 年の事業開始以来、様々な細胞株材料を収集し、累積収集細胞株数は 2,000 種類を越えている。また、平成 15 年度からは,国立大学法人東北大学加齢医学研究所附属医用細胞資源センターを、ナショナルバイオリソースプロジェクト「ヒト細胞」部門におけるサブ機関の 1 つとして選定し、同センターが収集・保存・提供を行っているヒト由来細胞株を当室に移譲してもらい、当室においても培養・保存・提供を実施することとなった。準備が整い、当室からも提供可能となった細胞株はホームページにて随時公開していく予定である( http://www.brc.riken.jp/lab/cell/ )。
毎週約 50 〜 60 件の提供を実施しており、提供総数は年間で約 3,000 件に達している。提供先は国内が中心ではあるが、海外への提供も全体の約 10% 近くを占めるに至っている。また、大学等の非営利的研究機関への提供が中心ではあるが、企業等の民間研究機関への提供も全体の約 20% を占めている。国内における提供先機関数は累積で 1,000 機関近くに達しており、海外の提供先機関数に関しても累積で 600 機関近くに達している。
【2】 ヒト臍帯血
骨髄中には血液幹細胞以外にも様々な体性幹細胞が含まれている可能性が示されている(文献 1 、 図 1)。しかし、ヒト骨髄細胞を入手することは容易ではない。一方で、臍帯血中には骨髄中と同等以上の頻度で血液幹細胞が含まれているという事実があり( 図 2)、また、臍帯血中にも血液幹細胞以外の様々な体性幹細胞が含まれている可能性もあり( 図 1 )、さらには、血液幹細胞自身が他の細胞へ分化する可能性も示されており( 図 3 )、臍帯血は再生医学研究の研究材料として大きな期待を集めている。
図1. 骨髄中に存在する可能性のある幹細胞

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図2 . 臍帯血の有用性

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図3. ヒトCD34陽性細胞の可能性 
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本事業は、文部科学省リーディングプロジェクト「再生医療の実現化プロジェクト・研究用幹細胞バンク整備領域」との連携により,「東北大学研究用幹細胞バンク」「東京研究用幹細胞バンク」「東海大学研究資源バンク」「名古屋医療センター研究用幹細胞バンク」 「兵庫研究用幹細胞バンク」の協力を得て実施している。 本試料の使用目的は「再生医学の発展を目指した研究」 のみに限定している。 また、使用に当たっては、使用機関における倫理審査委員会の承認及び機関長の許可を必要とするので、使用を希望する場合には、予め準備をして頂きたい。
現在のところ、提供先は国内の非営利機関のみに限定しているが、国内の営利機関に所属する研究機関へも提供を開始できるように、 「再生医療の実現化プロジェクト・研究用幹細胞バンク整備領域」において準備を進めているところである。
【3】 ヒト間葉系幹細胞 間葉系幹細胞は、骨・軟骨・脂肪細胞等に分化する能力を有する体性幹細胞の一種であるが (文献 2〜11 、 図 4 )、これが心筋細胞、血管内皮細胞、神経細胞等にも分化する能力を有しているという報告もあり(文献 2〜11 、 図 4 )、前記の臍帯血中の体性幹細胞と同様に、再生医学研究の研究材料として大きな期待を集めている( 図 5 )。 国立大学法人広島大学大学院医歯薬学総合研究科(加藤幸夫博士)及び国立成育医療センター研究所(梅澤明弘博士)との連携協力により,収集・保存・提供を実施している。
(注*)文献情報はWeb版でのみ提供しています
図4. 間葉系幹細胞の有用性

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図5. 間葉系幹細胞の可能性

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【4】 ヒト不死化細胞(EB ウイルス形質転換ヒトB 細胞) 本細胞材料は、主にはゲノムインキュベーターとしての細胞材料であり、ポストゲノム時代の研究に対応する研究分野、例えば疾患原因遺伝子究明研究、人類遺伝学的研究等々、広く様々な研究分野で必須の研究材料である。 独立行政法人放射線医学総合研究所フロンティア研究センター(今井高志博士)と連携して, EB ウイルス形質転換ヒト B 細胞のバンク事業を実施している。また、国立大学法人鹿児島大学大学院医歯学総合研究科(園田俊郎博士、有馬直道博士)との連携により、日本人のみならず様々な人種・民族由来の EB ウイルス形質転換ヒト B 細胞を整備することを進めている。
【5】 ヒト細胞材料取扱いに関する倫理的問題への対応
ヒト細胞材料の取扱いに関しては,理研筑波研究所研究倫理委員会に諮り,「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針(文部科学省,厚生労働省,経済産業省)」および「疫学研究に関する倫理指針(文部科学省,厚生労働省)」等を踏まえた審査を受け,当該委員会の承認を得られたヒト細胞材料のみをバンク事業の対象として取扱っている。
ヒト細胞材料の当室への寄託(または譲渡)に当たっては,ヒト細胞材料採取機関およびヒト細胞材料寄託(または譲渡)機関においても,当該機関の倫理審査委員会において,上記の指針等を踏まえた上での承認を受けていることを確認している。
当室からヒト細胞材料を提供するに当たっては、必要に応じて、ヒト細胞材料使用機関における倫理審査委員会による承認書の写しの提出を受けた上で、提供手続きを実施している。現時点では、ヒト臍帯血及びヒト間葉系幹細胞の使用に際しては、使用機関の倫理審査委員会による承認が必要であるので、使用希望者は予め準備を進めて頂きたい。
【6】 細胞材料の品質管理
提供中の全細胞材料に関して、マイコプラズマ汚染がないことを確認している。 また、ヒト由来細胞株の識別感度向上のためには、遺伝子多形解析法の一種である Short Tandem Repeat-Polymerase Chain Reaction (STR-PCR) 法を導入し、提供中の全ヒト由来細胞株に関して検査を実施している。当該検査結果はホームページでも公開している( http://www.brc.riken.jp/lab/cell/ )。
【7】 新規細胞材料に関する技術開発
マーモセット ES 細胞及びカニクイサル ES 細胞の大量培養技術及び試験管内分化誘導技術等の開発に取り組んでいる。また、ヒト ES 細胞を臨床に応用することを考えた場合には、マウス由来栄養細胞ではなく、ヒト由来栄養細胞を用いることが必須である。そこで、将来のこうした需要に応えるべく、ヒト由来栄養細胞の樹立を目指した技術開発にも取り組んでいる。材料としては、出生児付属組織である胎盤・羊膜・臍帯に存在する幹細胞等を用いている。
【8】 GMP (Good Manufacturing Practice) 準拠培養施設
ヒト幹細胞の培養を目的として GMP (Good Manufacturing Practice) 準拠培養施設を整備した。当該施設を利用して、現在はヒト間葉系幹細胞、ヒト血液幹細胞等の培養を実施しているが、将来的にはヒト胚性幹細胞(ヒト ES 細胞)のバンク事業も実施できるように準備を進めている。(注:ヒト ES 細胞のバンク事業実施に関しては、国の指針変更及び国の承認が必要である。)
【9】 細胞寄託方法、細胞入手方法、細胞培養方法等に関する質問受付
当室の事業や細胞培養に関する質問等は電子メール(cellqa@brc.riken.jp)にて受け付けている。 また、 定期的に電子メールにて配信している「ニュースレター」の配信を希望の際にも同アドレスにて受け付けている。
● おわりに
細胞バンク事業は、細胞を寄託または譲渡して下さる研究者の方々の善意によって支えられております。今後とも、細胞の寄託または譲渡には積極的なご協力を頂きたく、宜しくお願い申し上げます。細胞バンク事業を介して生命科学分野の研究が発展することこそが、上記の提供研究者の、またヒト由来細胞の場合には細胞を提供して下さった患者さんあるいは健常ヴォランティアの方々の尊いご意思に報いることであると考えております。細胞提供者の皆様に敬意と感謝の意を表明するとともに、使用研究者の皆様の研究の益々のご発展を祈り、末言とさせて頂きます。
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